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ars combinatoriaな日々

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魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展@国立新美術館(8/23追記)


「魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展」これはわざわざ国立新美術館まで見に来る価値のある展示です!9/1まで。7/9,7/20と2回行ってもう一度行くつもり!

 

♪初回はまずポール・ボキューズ・ミュゼで98年のバレエ・リュス展@セゾン美術館の図録で予習(チーズケーキとベリーで+¥300)。ランチ16時LOはありがたいです。この日は代休。W杯中でブラジルvsドイツのあの!準決勝を見てお昼まで寝てました~。

 2回目はフォロワさんと二人で。PIWの翌日なのでここは紅茶でしょ!と紅茶尽くしのデセールが美味しかったです。

 最初の映像はこの展示のほとんどがオーストラリア国立美術館のコレクションである意味を知るとても意義のあるものですが,順番的にはまず素の状態で展示を見てからコレクションに至る歴史を知り,もう一度が展示に見直すのがいいかなあ。

 中に入るとまずバルビエのおしゃれなポショワールでよく見た『アルミードの館』『カルナヴァル』が目に入ります。『カルナヴァル』のスカートが超カワイイ。(写真は図録からキアリーナの衣裳)

 衣裳展示は見通せるワンフロアにほとんどがガラスケースがない状態で大部分がぐるっと後ろまで廻れる!(とっさに出た言葉ですが)舞台を想像させるような,しかも一度にいろんな演目があってあれもこっちも見たい!と目移りしてしまいます。

 壁面にはバクストなどのデザイン画や当時のポートレートなどが並び,こちらもなめるように見てと全部見落とさないようにとだんだん順番がわからなくなって来ます。

 以下全部は上げきれないので,素晴らしい展示のなかからいくつか。やはり『火の鳥』!主要人物の衣裳ではないのですが(写真はカスチェイの従者),昨年新国立劇場で見た民族衣裳ぽく重々しいのと比べてとても絵画的というかイラスト的に愛らしい。裾の模様などこれがあるだけで全然違う。
 しかもこれがよく見ると何体か並ぶ同じようなデザインでも実際に生地を継いだものと描かれたものがあって面白い。完全に同じ模様ではないんだけど,これはたくさんの群舞全員にしっかりしたものを着せるのではなくて後方に描いたものにして遠近法になっているのかなあ。…と勝手に想像したら図録によるとディアギレフが1926年に再制作(舞台美術と衣裳はゴンチャロワ)するためオリジナル衣裳に装飾やアップリケを加えたそうでした。ちなみに染色はステンシルとのこと。

 また火の鳥は今日の舞台ではチュチュなのですが,カルサヴィナのモノクロ写真だと軽やかなのとも違うのでカスチェイと共に並べて見たかったなあ(何故かイワン王子ではなくカスチェイ)。
 鳥がチュチュというのは白鳥湖でクラシックチュチュで表現されてるので,バレエ・リュスでは同じアイディアではなく火の鳥ももっとエキゾチックな作りだったんでしょうねえ。なおディアギレフはゴロヴィンの火の鳥,王女,イワン王子のデザインに満足せずバクストにデザインし直させたとか。それはそれで際立った面白いと思います。

 そして『火の鳥』向こうには『ペトルーシュカ』のまさにペトルーシュカ! えっとえっとニジンスキーが着用してたの?…とは書いてないけど,これでニジンスキーがと胸が熱くなりますね~。ペトルーシュカは超人的なもののほぼ対極にあるから。
 『ペトルーシュカ』はほとんどフォーキンの演出のまま上演されます。以前はそこまで感じ入ることはなかったのですが年々『ペトルーシュカ』が胸に迫って来るようになってきました。

 ところがそのそばのガラスケースに入った『青神』こそニジンスキーが着用したものに間違いないらしく,青いドーランの跡!が残っているのだそうです。が内側なのでこの展示ではよく見えないのですね~。参考写真は展示されてますが見たかった!
 それにしてもこの衣裳は様々な色使いや素材の違いまた一部はプリント柄が入った生地だったりとパッチワークのようで,これだけ見るととても可愛らしいワンピースみたいなのに実際は身体を青く塗った男性が来て踊るのですから凄まじい美意識ですよね。

 ちょっとびっくりしたのは『ジゼル』!えっこれがアルブレヒト?バレエ・リュスって眠り以外はオリジナルのものがほとんどだと思っていたので『ジゼル』も上演したんだー。でもこんな衣裳で!ジゼルは1幕も2幕もどんな衣裳だったんでしょう。ちなみにこの『ジゼル』,1910年のカルサヴィナとニジンスキーが西ヨーロッパので最初の改訂版の上演だったのだそうです(『ジゼル』はもちろん1841年にパリ・オペラ座で初演)。


 とここまでは,ディアギレフのバレエ・リュス時代でも初期のもの。ニジンスキーが追放になり,デザイナーが変わったり,いかにもソ連のでも『鋼鉄の踊り』カワイイ。更にディアギレフ亡き後のバジル大佐のバレエ・リュス時代の衣裳などなどまだまだ多数ですが,わあわあまだまだまだこんなのもあるの?ともう個別の感想とか無理ですねー,特に初回は。休憩スペースがあるので明るい外を眺めながらちょっと一息も出来ます。

 面白かったのをもう少し。『金鶏』の農婦たちのすごいボリュームだけど愛らしい衣裳とドドン王の豪奢だけど女性らしいデザインだなというマント。デザインはナタリヤ・ゴンチャロワ。『サドコ』のタツノオトシゴの隣り美しいなとよくよく見たらイカの足〜!『ナイチンゲールの歌』(アンデルセン)はマティスのデザイン。異質な「嘆く人」,高官の胸の龍はマティスのてきとーなあとよろな指示のつもりを忠実に再現したんじゃ?
 『眠り姫』はディベルティスマンの青い鳥などはわかるけど,ドレスが随分派手な色合いだな〜と思ったらオーロラ姫じゃなくて侍女でした!こんなに凝ったものを端から作っていたら財政圧迫するわー。『女羊飼いの誘惑』の伯爵夫人の青い凝ったドレスに素朴そうな白いパフスリーブが着いているのが面白い。『頌歌』の星座をモジモジくんにさせる発想はちょっとない。『道化師』などの本当に踊れるの?というやり過ぎの事例は実際ダンサーのストライキが起きたそうです。


 壁面に衣裳や美術のデザイン画の他に当時のプログラムが中味を含め展示されているのですが,これがすごい豪華!その瞬間のパフォーマンスだけでなく,紙媒体も含めて催しなんですね。プログラムが凝ってるのはディアギレフが美術雑誌「芸術世界」を作っていたからかも。

 やはり衣裳のデザイン画に目が行きますが,なんて動きのある絵! コンセプトアートのようで,確かにこんな風に動きます,こんなイメージですっていうのを示してそれをどうやって作り上げるかというのはまた次の技術的な段階なのかもしれませんね。でもこれを先に見ると本当にこれ着て踊ったの?というくらい大仰で,でもその衣裳が目の前にあるというのが本当に感動。
 また映像を『三角帽子』などを小さいモニタで流していましたがセゾンのときと同じくやはりオペラ座のものでした。

 初回は一通り見たあと音声ガイドを借りてみたけど、これはどうしてもってものではないかな~。音楽のみverはいいけど、ハルサイはピアノverだし場内でもいろいろ流してるし。あ,火の鳥なかったけどー(他の曲も)脳内再生余裕です。


 ここからはしばらく妄想モードをお送りします…。『ペトルーシュカ』の衣裳を見て、ああやっぱり町田くんに演じて欲しいなあ。ペトルーシュカもムーア人もバレリーナも全部取り込んで人形達の愛と哀しみ!『牧神の午後』を見れば,スカーフにキスと一緒に踊る『Je te veux』は牧神のイメージもあるのかなーとか。青い鳥(眠り)、ナイチンゲール,金鶏もいいけど鳥はもうないかーとかそんなことばかり考えてしまいます…。
 今回はメインは衣裳ですけど,バレエ・リュスは「振付・音楽・衣裳・美術」で構成される総合芸術で,フィギュアスケート(競技)には美術(セット背景、小道具、照明暗転)がない!白い大きな氷上で均質なライトを浴びたった一人で滑る(シングル)ジャッジのいる表はあっても四方から軌道全てを見られる。様々な人の手,周到な準備があっても最後はリンクの上では何処にも隠れることの出来ない正真正銘の一人。なんて贅沢な芸術で酷な競技だろう。

 逆にスケートに限らず簡易なセット,抽象的な美術の方が場面転換が容易自由な発想観客に解釈を委ねるともいえるし。
 舞台美術のない展示は舞台を想起させるようであり,セットのないスケートリンクを彷彿とさせたのかも(って苦しい…)。ただ白い空間ではなく,衣裳を際立たせる黒いマネキン,黒い空間ではあるけど。ああ舞台というより森のようです。


 閑話休題。図録は¥3500とお高めなのですが(トートとセットで¥4000…を2セット買いましたとも),コスチューム,図版,演目説明の他にコスチュームのアップの写真,そして何より様々な方面からの充実の解説が素晴らしい!メモを取りながら読んでどの章も面白いのですが,取り急ぎ。
 展示はオーストラリア国立美術館のコレクションを中心に形成されていますが,上映もある『バレエ・リュス 踊る歓び,生きる歓び』(すごくいい映画です!)でも触れられているようにディアギレフ亡き後のバレエ・リュスはオーストラリアも訪れます。このオーストラリア国立美術館がのコレクションは手に入れたそのままではなく,保存修復などを経て初めて今回のようなマネキン展示出来るようになりました。逆にコレクションがあってスタッフが育ったのだとも導入映像でも描かれていました。

 ロベール・ベル「バレエ・リュスの衣裳という遺産」“バレエは,音楽,イリュージョン,美術,工芸,物語,そして仕草や動きのニュアンスなどを統合したものでありながら,常にそれらの要素の絶妙なタイミングや表現によって成立する,その場かぎりの瞬間の芸術である”“瞬間を永続化して記録できるようになる以前から,確かな存在として唯一残されているのは衣裳である”

 確かにそのままの伝わるのって衣裳なんですよね。今回の展示があまりにも綺麗なので仕立て直したの?と思いきや最新の注意を払って修復されたのだそうです。これは後半の「看過された事実:タグ,スタンプ,汚れ」(デビー・ウォード)によると税関の捺印や記された着用者の名前(青神とペトルーシュカにはニジンスキーの名前だけ!にゾクゾクしちゃう)など貴重な文字情報が残っている。またほこりのサンプルを保存し,ファスナーは縫い目を全て記録してから外して洗浄するとか。

 休憩室のパネル展示にも書いてあってへえと思ったんだけど,舞台用に本当に丈夫で豪華な素材で仕上げているんだけど,財政状態のよくない時期には安価な素材にデザイナー自身で描いたものもあるのだそうです。その方がデザインのままが出せるような木がするけど,でも遠目で観ることを考えると描けばそのままなんじゃない?じゃなくて本来は仕立てたかったのかなと思う。前述のあとからアップリケのように付けた『火の鳥』のように。

 まだまだいろいろ深いので図録については続く〜。衣裳に特化せず総合芸術としてのバレエ・リュス,日本の受容など面白いのです!

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8/23追記

 図録を中心に感想というか図録を読みながら考えたこと,かな。ロベール・ベル「バレエ・リュスを想う」より。1921年に贅沢な舞台とバクストの豪華な衣裳の『眠り姫』で経済的困難に陥ったディアギレフはシンガー=ポリニャックから支援を得,ニジンスキーの妹ブロニスラワ・ニジンスカに女性として初めて振付を担当させる。彼女の代表作『結婚』は今回衣裳展示はないが,禁欲的で飾り気がない。
 確かに衣裳としては地味で舞台美術も振付にもケレン味がない。むしろ総合芸術を突き詰めると踊りが一部になってしまうのではないかしら? 実際衣裳が原因でダンサーのストライキが起きた『道化師』は『眠り姫』と同じ1921年初演。シンプルな衣裳は後のバランシンを想起させます。
 これだけ独特で美しい衣裳にわくわくしながらもわたしが一番好きなバレエ・リュス作品は『結婚』で,実演は98年の〈東京の夏〉音楽祭で観ていたのですが,久しぶりに昨年の新国立劇場ストラヴィンスキー・イブニングで観ることが出来ました。そしたら『火の鳥』がが付いて来たという。ロシアを題材にした総合芸術の両面だったのですね。

 もうひとつ今回の展示にはなかった『放蕩息子』ついて,もう二度と故郷には戻れないと察していたディアギレフは自身も「放蕩息子」であり,この公演に強い思い入れがあったそうです。美術と衣裳はルオー(音楽プロコフィエフ,振付バランシン)で,これも東京の夏で観た舞台は確かにバレエというよりも動く絵画のように圧倒されてしまった記憶しか残っていません。実際バランシンは時間がかけられずマイム性の強い振付になっていたとか(98年図録)。

 「スペクタクルとしての公演:バレエ・リュス−歴史,古典主義的伝統」ヘレナ・ハモンド
 ここで刮目したのが,“ディアギレフの仕事についての「過去の歴史との決別や古典主義的伝統との断絶のみに関心を持つ前衛的な活動」という定着したイメージは,極めて偏ったもの”という。ディアギレフは前衛を目指していたわけでないのですね。“ブノワやバクストたちが『眠れる森の美女』の中で歴史的時代性が特権的に扱われることを範として,今度はディアギレフのためにの自分たちの仕事のなかで特に衣裳を通じて一貫して追求し続けてもの,それがこの歴史という対象であった”と,だからこそコンサバティブな『眠り姫』に巨費を投じたことに矛盾はないのです。
 バレエ・リュスに先立って,ディアギレフは1905年にサンクトペテルブルクで開催した「ロシア歴史肖像画展」で既にロシアの歴史を提示する手段として「総合芸術」的な展示・設営を軸に据えています。展示ホールのデザインはバクスト!この縮小版がパリ,ベルリン,ヴェネツィア・ビエンナーレにも巡回。続いて1907年パリで「ロシア歴史音楽会」連続公演を開催,1908年にオペラ『ボリス・ゴドゥノフ』を上演。(ディアギレフはリムスキー=コルサコフに師事していましたが音楽の道は断念しています)
 そしてバレエ『アルミードの館』において,デザイナーのブノワの言によると「18世紀フランスについてのロシア的概念を,物語そのものを通して,また演出の様式,舞台装置,衣裳,流儀,編成,舞踊を通して提示すること」がこの作品の目的であったという。その意図をフランスの地で観客が汲み取り理解したことにより,この芸術的要素の融合性からバレエの総合芸術としての比類なき可能性へディアギレフは目を開いた。
 これはオペラではなく,言葉のないバレエだからこそなのでしょうか。

 プルーストは“あたかも現存する実際の都市構造の中よりもバレエの総合芸術的構成の中でのほうがより確かなヴェネツィアの歴史の手応えがあるとでも言うかのように”“バレエ・リュスによるパフォーマンスも,前例のない真実らしさを持もって歴史を蘇らせる演劇的総合芸術として捉えることになる”と言う。
 ただ,バレエ・リュスは史実をねじまげて創造しているわけではなく,例えばブノワは教養ある美術史家でエルミタージュ美術館の学芸員という大変学術的な人であった。ブノワの革新性はフランスにおける総合芸術の現象を歴史の具現化そのものとして採り入れたことであり,これはドイツのワーグナー的総合芸術が歴史から離れ神話という時代を超越した普遍的世界を舞台としている点で全く異質である。したがってバレエ・リュスは「徹底して因習打破を目的として,過去と決別して未来だけに関心を持ったバレエ団」と見なすことは偏った不完全な見方である,と。
 これは視覚面だけではなく音楽についてもワーグナーと対比していて,ストラヴィンスキーは“バイロイトの魔術師のライトモチーフに対してロシアの巨匠チャイコフスキーの自由な旋律を,前者の騒々しいオーケストレーションに対して後者の繊細な器楽編成を支持”,バクストは『眠り姫』のプログラムでストラヴィンスキーに言及しつつ“チャイコフスキーの旋律に比べればワーグナーの熟考された主題主義は理知的で退屈な尊大さにほかならないよう”,ブノワは“それが私にもたらす歓喜は,ワーグナーの曲によって引き起こされる興奮とは異なるものだった”と。
 総合芸術といえばワーグナーだけど,確かにその系譜にはない(ただしロバート・ベルはディアギレフがモダニズムの実戦においてワーグナーの提唱した「総合芸術」という理念を取り入れようとしていたと述べている)。 ロシア~フランスの歴史的文化の繋がりも大きいでしょうし。けど,どっちも好きなんですー!ワーグナー作品に美術や衣裳に固定観念はなく,演出による変奏は極端に抽象的だったり,時代を読み替え具像的だったり非常に自由です。
 つづく…。

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