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ars combinatoriaな日々

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ラファエル前派展@森アーツセンターギャラリー


 ようやく3/21にラファエル前派展@森アーツセンターギャラリー(〜4/6)へ。

 テート展,作家展でなく「ラファエル前派展」です。ラファエル前派という言葉を知ったのはバーン=ジョーンズの展覧会だったのですが,実はバーン=ジョーンズは後期というか第二世代にあたるのでした。

 ミレイの『オフィーリア』を初めて見たのは都美術館のテート展だったのですが,あのときは『オフィーリア』目当てだったのにロセッティの『プロセルピナ』に心奪われてしまいました。『オフィーリア』はその後ミレイ展でも見たのですがそのときミレイはラファエル前派を離れてからの活躍を知ったので,今回目玉ともいえる『オフィーリア』が頭の方に展示されているのはもっともですね。
 といっても完全に年代順に並んでいるわけではなく,ミレイの作品は後半に『安息の谷間「疲れし者の安らぎの場」』があって,墓を掘るのと祈るという二人の尼僧が唯美ぽいのですが,でもマルタとマリアみたいにも見えます。マルタが働かなければマリアだって…と思ってこの話は好きではないのだ。ってのは別にしてこの祈る尼僧が何故かこちらに鋭い視線を送る居心地の悪さが実はとても印象に残っていたりします。

 

 ポストカードはロセッティとミレイを。
 左下のミレイの『両親の家のキリスト』は聖家族が卑俗であると批判されたそうですが,人間のもとに生まれた神の子たるイエスがこの場に不似合いな美少年で本来はこうなんじゃないの?と思ってしまいますが。それは上のロセッティの『見よ,我は主のはしためなり(受胎告知)』も同じで,神格化されないマリアがとてもリアルな解釈だと思うのです。

 今回特に興味深かったのはオフィーリアのモデル,ロセッティの妻・モデルとして有名なリジー(エリザベス・シダル)の絵画二点が展示されていたこと。無教養で美しい女性をモデルに描いた男性集団というイメージだったのですが,リジーは短い生涯で終らなければもっとこの才能を花開くことが出来たのかもしれません。

 バーン=ジョーンズもまた本当に美しいながらもどこか空虚な女性像に感じることも多々あるのですが,妻ジョージアナをモデルにした貞淑なクララとファニー・コンフォースの魔女シドニアでは明らかにシドニアの方が魅力的。そうか彼はやっぱりマリア・ザンバコに惹かれてしまうだもの。この二点は個別のように距離があったけど,対として並べて見たかったなあ。

 ハイライトはロセッティルームというべき彼の魅力的な女性像。その中でも『ベアタ・ベアトリクス』(リジー)と『プロセルピナ』(ジェイン)を並べられると,ああっどちらもいいっと行ったり来たり。なんとなく『ベアタ・ベアトリクス』の前に留まる人の方が多いような。『プロセルピナ』はもちろん大好きなのですが,『ベアタ・ベアトリクス』はやはりダンテの名を冠したロセッティにとってのベアトリーチェ,そしてリジー自身への贖罪の念,既にこの世のものではない昇華された永遠の女性ですもの。

 最後に次の世代的にバーン=ジョーンズの『愛に導かれる巡礼』。この作品のチョイスも象徴的です。といいつつ,やっぱり“愛”より巡礼の方が美しく色っぽいよ。

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