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ars combinatoriaな日々

興福寺仏頭展@東京藝術大学大学美術館

興福寺創建1300年記念 国宝 興福寺仏頭展東京藝術大学大学美術館,いよいよ11/24(日)まで!必見ですよっ。  お天気の上野公園,11/16(土)に参りましたが17時閉館なので15時半頃着いたらなんと入場制限中…。しかも阿修羅FC割引があったとは不覚っ。

 でも行列にぎょっとしましたが,○分待ちではなく混雑緩和とのことで思ったよりすぐに入れました。中も第一会場はそれほどではなく,さすがに仏頭と木像十二神将のある第二の方はかなりの人出。それでも入場締切(16時半)後狙いが当たり,仏頭・木像十二神将もじっくり見れました。

 混んでる間は一通り廻って隙間やぽっかり空いてるところから。映像も見ました。閉館40分前くらいに音声ガイドを借りてまた第一から第二へ。ガイド借りるならもう少し早めでもよかったかも。でもいきなり人の話を聞かないで自分だけで対峙したいのです。

 ガイドは“白鳳の貴公子イメージキャラクター”大空祐飛さんがナビゲーターなんですが,声だけ聴くと“手首の蛇口のお甲さん!”を思い出してしまいましたよ。
 作品解説は藤村紀子さん,見仏記カップルのみうらじゅん&いとうせいこうの仏頭大使1号・2号の特別トラックも(後述)。

 第一会場はまず『厨子入り木造弥勒菩薩半跏像』が厨子から出されていて,もー好きなだけじろじろ見れます。更に図録を途中まで読んでるんですが,出展数少ないのもあってか厨子と別に展示の半跏像も前後左右の写真がばっちり,アクセのアップまで!もちろん厨子に入った姿もと至れり尽くせり,光背まで別に。厨子は絵だけじゃなくて,天上から下がってる飛天のアップがないのが惜しいなあ。

 書跡は板木も並べてあるのが面白い展示です。でもでもやっぱり紺地金泥が好き!平安後期の装飾経の体裁で,罫線は銀なんですって!。

 『板彫十二神将像』は新しい時代に作られた像と違って平安時代のもの。レリーフってその薄さだけでこの迫力!というのもすごいけど,一本足など立像では難しいポーズを作れるというのがこの形状を最大限に活かしてるじゃないかしら。
 また一面だけで全てを伝えるというのはあまり角度をつけて見ることがないので逆にイメージのぶれがないってこと?一面ということでマンガ的ポーズに見えるのかも〜。

 そしていよいよ第二会場へ(B1から3Fへの移動は面倒だよ〜)。お楽しみの『木像十二神将立像』が迎えてくれます。最初はだいぶ混んでましたが,みなさんほどよい距離を持って見てるので,一体一体少しづつ近づいて見ることが出来ました。腰のひねりや衣裳のたなびきや襞に注目しちゃいます。照明も影が良く出るようにあててるんだろうなあ。配置は立体曼陀羅というより仏頭へのアプローチみたい。

 そして『銅造仏頭』。貴公子というにはもっと意志的なものを感じました。これもまだちょっと混んでるので少しづつ。
 その奥に展示されている同じ白鵬期の仏像として出展されている青年の姿をした『銅造釈迦如来倚像』は深大寺のでした(市内なのです〜)。

 更にその後ろの仏頭VR復元映像コーナーもちゃんと見て,金の再現までしたのを見た後にもう一度仏頭を見ると,却ってそのお姿の奇跡というものに目を開かれたようです。本来の綺麗な形を壊れされた痛ましさ,しかしなお微笑むお顔…。
 実は十二神将(木像,板彫)目当てで,どちらかというと「仏頭展」?うーん…と危うくパスするところでした。あぶないあぶない。

 人ごみのなかそれでも十分堪能してたところで音声ガイドを借ります。第一会場に戻りガイドも順番に,でもどんどん流さないと時間が足りない〜。
 仏頭大使1号・2号のトラックが面白かったなあ。その「木像十二神将立像が人間の実物大より少し小さい」っていうのに,ちょっと守り神的なものを感じました。
 仏教って全然知識が足りないんですが,なんで神が下なんだろうと思って。キリストの12弟子いや聖人みたいなもの〜?12弟子とか12神という数字はどこからきたんでしょうね。干支と結びついたのは中国北涼時代なのだそうで,由来ではないですね。
 干支頭はちょっとギリシャ神話の神々の象徴動物を連想します。ギリシャ神話の12は黄道12宮なので全部が神のことではないです。

 更に仏頭のガイドでは「アシンメトリーが人間的で,また欠損していることで見る人それぞれの仏頭がある」というのが印象的でした。みな欠損部を補完し,自分にとって最も美しい姿を想像しているのかな。
 逆に光背も何もない状態でお身体がないので,お顔を注視せざるを得ないのもあります。元々眼を強調した造りで,青年の姿を理想としているのだと図録にありました。

 あとガイド聞いてると平家の焼き討ちって何度何度も…くううすみません!(すっかり平家の人間の気持ちって)
 この治承の乱で十二神将が守れなかったので,次の襲撃を想定してこういう憤怒の表情になったのではとあり,ひいては鎌倉時代の特徴になったのかな?源氏の殺るか殺られるかの世界観の具現かしら〜とか。逆に平安時代の板彫の方はどこかユーモラスで素朴でちょっと神像も連想させるような。

 それから仏頭は強訴じゃーの堂衆が奪って来たんですが(南部焼き討ちのあと),山田寺は故石川麻呂の鎮守祈願のために作られたのです。わー『天上の虹』で読んだわ〜。それを兼実さんが玉葉に書いたというのに反応したりと,どこまでもマンガ&大河ドラマ脳なのであった。

 そして最後はもちろん十二神将からもう一度戻って仏頭!この360度廻って見えるのは本来の仏像の形ではないのかもしれませんが,正面を見て時計回りに欠損の裏側,潰れた右側,そしてももう一度なおも穏やかに微笑む正面…ちょっと泣いちゃいました。いや涙腺ゆるいんですの。
 しかし感涙に浸れず,電車の中では図録ではなくリチャード三世の速読(読み直し)に戻るのであった。上野から渋谷へ移動〜。鉈切り丸へ!

 あ,グッズは最小限にしました。図録と自分の干支のポストカードとチケットケースと興福寺の匂い袋。iPhoneケースは我慢しました。まだ4Sだしシリコンの方が安心なのです。

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