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ars combinatoriaな日々

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DIC川村記念美術館その2(美術館篇#1コレクション)

■DIC川村記念美術館その1(散策篇)

♪散策楽しみすぎてようやく美術館の中へ。もう14時近くなのでランチとお散歩で3時間も! そして美術館の建物の写真が1枚しかなかったっ。人がいないところを狙って撮ってるんですけど,建物はどーしても出入りが多くて,なかなか誰もいないって難しいのです。

 【右】建物の右隣にあるフランク・ステラの『リュネヴィル』(1994)。なんとなくジブリ的?と思っちゃう。結構好きなテイスト。もっとじっくり見ればよかったなあ。左が着いたとき,右は美術館に入るときなので,空の色が全然違う〜。

 コレクション/企画展と一巡したあと,ミュージアムショップでお買い物して,ガイドを借りてもう一度と3時間近くかけてゆっくり見ました!
 まず吹き抜けに装飾的な天井とステンドグラス,明るい外が見えて開放感あるエントランスにマイヨール『ヴィーナス』。突然ここに来ることになったぶらぶら美術・博物館で見た通り,コレクションがあって建物ができたというのを実感します。

 コレクション展示は年に数回入れ替えしてるそうです。最初の展示室は[印象派の時代からエコール・ド・パリまで]とフランスもの。ここで好きなのはブラックとフジタです。特に藤田嗣治(レオナール・フジタ)の『アンナ・ド・ノアイユの肖像 』がいい。確かに肖像画としては本人は気に入らなかったろうけど,これが言う通りに大きな目,秀でた額だったらこんなに引き込まれることはなかったんじゃないかなあ。

 逆にどーしても無理なのはむしろここの看板であろうボナール,ルノワール,シャガール。あとマリー・ローランサンもダメ。もう本当に無理,生理的に受け付けない。2巡目にガイドを借りてずっと見つめるのやだなあ,でも見てたら良さがわかるかなあとも思ったけど,ダメなものはダメ。ルノワールの『クロード・ルノワールの肖像(ココ)』はかわいいし,意外に裸婦自体はそんなに嫌悪感がないんだけど,我慢して注視したらどーもバックのうねうねしてるのがダメらしいことがわかった。

 シャガールも特に『ダヴィデ王の夢』,これ解説によると「ユダヤ系ロシア人のシャガールにとってダヴィデ王の思い描く夢とは…理想の王国」なんだそうですけど,ええ?この絵の花嫁花婿,特に男性の方が影のように暗く表情もなくてすごく怖いんですけど! これってふたりの間に赤ん坊がいて,結婚式というより聖母子の図のようにみえて,そう考えると暗い男性はヨセフなんじゃという気がする〜。
 そもそもダヴィデは確かに穏やかな表情をしてるんだけど,わたしのダヴィデの印象が昔は美少年だったのに残念な人なんでそーいう思い込みが大きいんです。王然としたダヴィデが若き日の思い出的な竪琴を抱えて達観した表情をしてるってことは,何か佳き日々を思い出しているようでいて,でも夢見てるのは予言的にイエスの物語なんじゃないかと読めちゃうんですけど。…なんで受け付けない絵のことを一生懸命語っているんだろー。

 次にお待ちかねの[レンブラントの部屋]。名作『広つば帽を被った男』一枚だけのためのスペースです。部屋といっても開放的なんですけど,これ一人(ひとグループ)で見るための手順て気がする。混んでるときは難しいと思いますけど。
 前の人がいなくなるのを待って,絵に近づいて行きます。そーすると遠くから見えるレースの繊細さが近づくと実に荒く描かれているというのが改めてわかって,そういうレンブラントの巧みな技法を再認識できる。もちろん全体の印象も,これ本当にいい絵でとてもいい顔をした肖像画です。ガイドによると対になる夫人の肖像画(クリーヴランド美術館蔵)が一度だけ来て,並んだ姿が幸せそうだったそう。

 [前衛の時代]20世紀前半の作品,中でもナウム・ガボのプラスチックとナイロン糸で形成された『線的構成No.1(ヴァリエーション)』。空間を意識させる透明感が美しい。その糸の軌跡はまるで数式で展開したCGののように計算された美,でもヴェネツィアのレースガラスにもみえる繊細さでこれは明らかに美術品です。

 抽象的な作品群を抜けると今度はまあ[日本画]だ! 奥には茶席もあります。季節柄,松園の『桜可里』に大きな蘆雪,大観。今回は展示されてないけど,等伯の『烏鷺図屏風』がここの所蔵だったのか〜。光琳の『柳に水鳥図屏風』は秋〜冬の展示かなあ。

 [ダダとシュルレアリスムの時代],ここの見物はやっぱりエルンストの扉に描かれた『入る,出る』でしょー。大きな人物は両性具有にも中性的にも見えて,ただの男と女の二元的な関係ではない。
 あとアルプ『臍の上の二つの思想』は10*22*22cmとそう大きくないのにケースがとても大きくて,これはケースの端から端まで視界に入るくらい引いて見るのかな?と思っちゃう。その奥に[ジョゼフ・コーネル]の箱のオブジェやコラージュ。この乾いたちょっと愛らしい作風はとても好き。なんだけど,後年草間彌生とつき合ってたんですってえ?

 そしてついに[ロスコ・ルーム]。TVでは部屋に至る長い廊下もまた心構えって言われてたけど,この先は増設された部分なのだそうです。その距離感が上手く作品を見るためのプロセスになってるんだ。
 肝心のロスコ・ルーム,まず入っての印象は圧迫感! すごく重いというか何だか息苦しい…。7点の作品はそれぞれとても大きい(最大で266.7*455.9cm)のに各作品の間隔が狭く,更に天井の低さと照明の暗さ,部屋の形,相似形のソファも全部が迫ってくる。あと床が響くのはゆっくり歩かせるためかな〜?なんて。

 ロスコ・ルームを出て,今度は階段を昇って[ニューマン・ルーム]。こちらは逆に白くて大きな部屋には巨大とはいえ作品が一点だけ『アンナの光』(276*611cm)。その左右も窓のように外の風景が半透明に透けて見える。
 もちろん目に入るのはその赤!思ったより朱色だなあ。そして近づけるギリギリでも目の前が全部赤にならないなあ。余白も左右非対称で単に真っ赤な絵ではない。アンナ=母の名ということで,番組でも子宮の中?みたいな印象で,血の赤なんだと勝手に納得してたけど,実際に目の前にするとこの赤は単純に血というだけではなくて,もっと観念的に暖かさであったりするのかもしれない。

 そういえば,ここ係員さん達(監視員)は気配消してて,でもロスコとかちゃんと反時計周りで見るようにさりげなく案内もしてくれる。こういうとこ,悪目立ちともいえる金沢21世紀美術館と比べちゃうな〜。

 [第二次世界大戦以降のアメリカの抽象美術]は2部屋。最初にジョゼフ・アルバースの『正方形讃歌』いくつか。ロバート・ライマンの『アシスタント』は面白いんだけど,タイトルの意味が気になるう。
 2つ目の部屋はデイヴィッド・スミスの溶接彫刻『ヴォルトリ II』以外はフランク・ステラの大きな作品。↑の建物の隣の彫刻も。ここにはその彫刻以前の“壁に掛けられれば絵画”というちょっとむちゃな作品たち。初期のブラック・シリーズや外の彫刻,『檣頭』のような無彩色の作品が好き。色があふれてるのより材質や形状へのこだわりの方がいいなあ。

 最後にさりげなく壁に張り付いたエンツォ・クッキ『黄色い壁』を横に見て企画展へ。べ,別項にしよう…。

■DIC川村記念美術館その3(美術館篇#2抽象と形態:何処までも顕れないもの)

コメント

人の居ない写真が撮れない・・・
そんな時の為のフォトショです!

  • 2012/04/11(水) 23:44:43 |
  • URL |
  • 甘木 #nCC.Lt1U
  • [ 編集 ]

フォトショで消しちゃう…のもアリですけど〜。どーも人がいるとアングル変えたりじっくり撮れないんですよね。

  • 2012/04/12(木) 00:33:14 |
  • URL |
  • まつい #-
  • [ 編集 ]

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