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ars combinatoriaな日々

薔薇の名前(京成バラ園2009春)

 
♪ずうっと行こうと思ってた京成バラ園に23日(土)行ってきました!
 熱海がまだ薔薇の季節でなかったのと,去年の「国際バラとガーデニングショウ」も面白かったけどやっぱり屋外で薔薇いっぱいみたーいと思ってたので。すごーく前にお友達と行ったのは京成線沿線でも谷津バラ園でした。その頃京成バラ園はリニュアール中だったのかしら~。谷津も薔薇のトンネルみたいのがあったり園内は起伏もあって素敵でしたよ。

 

 5/9~6/15の土日は無料シャトルバスが出るので,京成八千代台駅から。12:30を目指して出掛けたら道路がすごく混んでて,まず出発が15分くらい遅れて所要時間も25分のところ35分くらいかかったかしら。帰りは16:30発で15分くらいで駅に着きました。どちらも立ってましたが,行きはバスが来るの並んでだいぶ待ってたし暑かったのもあってちょっと疲れちゃった。
 チケット売り場はまー並んでればすぐにってくらいだけど,その前にローズショップを物色して水だけ買ってこうとしたらそこで売ってる前売券で当日も入れるそうなので並ばないでよかった。あ,ショップはまーどこも品揃えはそう変わらないです。こないだ熱海で買ったマグカップがなかったので買っといてよかったわー。
 春の見頃は5月中旬~6月下旬ということで,5月末くらいかな~お天気にもよるなあと23日に行って来たんだけど,ちょっと暑い日があったりのせいか満開というか大きな花のハイブリッドティーローズ種は開ききってました。満開よりもつぼみのプロポーションが残ってる方が好きなのでもう一週間くらい早い方がよかったかなー。イングリッシュローズとかつるばらなどは綺麗でした。
 来年,いや秋バラの方が少しづつ咲くらしいので,見頃の週末に出掛けられればいいな~。秋は忙しいんですよね,いろいろオンシーズンだから。とにかくもう一回行きたいです。

 

 千葉だから? ディズニーランド・ローズのコーナー。3つ4つまとまった花が隠れミッキーに見えるから,らしい。が,それらしい枝が見つからず。まーミッキーは別に好きじゃないからいいやっ。あ,ここの柵などに使われてる絵柄はカワイイと思う。
 そしてお約束のバラアイス。今回はソフトクリーム(ミックス)\350。

 

 園内は他に↑自然風庭園や散策の森と薔薇以外の緑も多いです。

 で以下,これでも一生懸命整理したのですがー。たぶん150種以上撮って100点くらいを小さい画像にしてそこから頑張ってここまでしぼったのだ。名前はプレート写真も合わせて撮りましたの。咲き過ぎ開き過ぎといいつつも結構な量ですー。

エルベショーンハニーキャラメル
 
ペガサスブリリンアントピンク・アイスバーグ
 
ホットファイヤーバレリーナ
 
ツルヒストリーアプリコーラ
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『天使と悪魔』のサントラを買ったのだ。(ネタばれ折込)

映画『天使と悪魔』を観て,サントラを買ってしまいましたー。だってソロヴァイオリンがジョシュア・ベル君なんだもーん。(SONYAmazon
 映画は『ダヴィンチ・コード』の反省点を踏まえてかとってもシンプルでスピーディになっててわかりやすいけど,そのどこか情緒のなさを印象的なヴァイオリンの美しい音色が彩っております。弦楽器の音って楽器の中では有機的でウェットだと思うので,もっとベタベタな映画だったら過剰になるところが上手く融和してるんじゃないかしら。
 曲そのものもとってもいいんだけど,どっか聴いたことがあるよーな気がするんですけど。『レッドヴァイオリン』とか『プロスペローの本』の頃のマイケル・ナイマンとか(『プロスペローの本』は後述するストーリーよりも映像と音楽で魅せる作品的に共通してるかも~。もっとずっと過剰だけど。このサントラ好きなのです)。更に『スーパンマン・リターンズ』だったり(こちらは映像的にいろいろ重なるとこもある。逆にスーパーマンが神的象徴を多用してるからか)。

 で,映画の方は今回は原作を読まないで観に行って,今文庫の上巻だけ読み終わったとこなんで(上中下なので1/3,以下図書館の順番待ち中),全部読んだらまたちょっと違うと思うのですけど。たぶん映画を先に観た方が楽しめると思いまーす。原作だと上巻のほとんどを占めるCERNの話が映画ではほぼカットされてて舞台はほとんどヴァチカン内です。原作発表後,実際にコンクラーベが行われたのでこちらに比重を置くのがわかりやすいでしょうし。
 その分ヴィットリアの背景が描かれずなんでこんなにでばってるんだと最後までよくわかりません。女優さんはとても素敵だったけど。原作ではCERNで殺されるのはヴィットリアの養父で彼の身体にイルミナティの刻印が押されてます。このへんの人間関係や状況があまりにも『ダヴィンチ・コード』に酷似してるのでばっさり変えたのかもー。で,ヴィットリアの養父は実は科学者ながら司祭で修道院にいた孤児ヴィットリアを引き取ります。
 なのでこの物語は“天使と悪魔”“宗教と科学”“物質と反物質”という二項対立のようで,双方を過剰に内包している人間が物語の発端になっているのです。で他のCERNの人間は科学,ヴァチカンはもちろん宗教で,ラングトンはニュートラルな人間ということになるでしょう。が,残念ながらこのラングトンがちっとも魅力的に見えないんですよねー。あんまり頭も良さそうじゃないしー。引っ張り回される狂言廻しといった役割でしょうか。まあそういう人間像以前にラングトンとヴィットリアが学者だったら貴重な文書に対する敬意ってものがあるだろーというのが一番の突っ込みどころで,そもそも何度も大切な記録保管所に出入りしなくてもあとはヴァチカン内の美術品データベースを当たってみるとかしないのかしらとか。まーこのへんはタイムリミットが大きいとゆーことで。

 ストーリーはわかりやすいけど,どうも面白みにかけるのはシラスのような魅力的なキャラクターがいないからなんだろうなーという気もします。シラスはそもそもビジュアルからインパクトがあるし。それでも映画は彼の背景が十分に伝わらなかったけど。こちらのアサシン(暗殺者,映画ではミスター・グレイ)もやっぱりビジュアルだけでこいつなんかある的雰囲気は十分感じさせてるんですがー。他の役者さん達も皆さん結構味があってよかったです。特に『カスピアン王子のつのぶえ』で素敵だったオリヴェッティ警部や保管所で監視するスイスガードさんとか。

 このあとはネタバレですー。なおキリスト教に関しては,『ダヴィンチ・コード』で『最後の晩餐』には女性なんかいなくて,あれは若くて美しくてイエスのお気に入りのヨハネだっつーのきーっとなりながらも宗教心としてはないつもりですが,通ってた教会も中高もプロテスタントだったんでそっちベースで,カトリックの法王様とか枢機卿については全くなんの関心もありません。
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熱海ひとり旅 その3

■その1
■その2

♪引き続きアカオハーブ&ローズガーデン。今ちょうど薔薇が見頃のようです。ガーデンはたぶんこの季節が一番華やかなのでしょーねー。

 

 青い花。瑠璃唐草(ネモフィラ)でいいのかな。そしてエリカがそこここに。

 

 桜もきれい。染井吉野がちょうどこの頃だったのかしら。

 

 ローズハウスのそば。薔薇はまだなのでクリスマスローズ。いろんな種類がたくさん咲いてました。

 

 ローズハウスでティーセットチケットのアイスです。中は喫茶とグッズショップが一緒になっててついガラスのマグカップを買ってしまいました。この薄さと透明なので金の取っ手も軽やか~。

 

 降りてくと今度は水仙の群生。

 

 右はウェディングガーデン。ほぼ薔薇のよーなのでこの季節はここだけ寂しいカンジ。

 

 ラベンダーガーデンの入り口。もちろんラベンダーはまだですが。この木の人形はカワイイ。その2のウサギといい,こどもっぽくならないよう頑張ってます。

 

 ハーブガーデン。

 

 また菜の花がいっぱい! そしてこちらにはみかんがなってたり。

 

 ハーブ工房では苗とかこういうガーデニングのパーツの販売や石鹸や押し花の体験コーナーがあったりします。
 ここは17時までですが,バスの時間もあるのでそろそろこのヘンで。もう一度入り口のガーデニングショップに戻っておみやげを買って終了。

■その4

ほねほねときらきら~大恐竜展&カルティエ@上野

 

♪水曜日に代休取って大恐竜展@国立科学博物館とカルティエ クリエイション@国立博物館表慶館に行ってきました。恐竜展は6/21までなので,平日なら先に終わるルーヴルに行った方が~とも思うのですが,カルティエが5/31までと2本立てにしたかったのでー。17時までの恐竜展を後にしようと思ってたので14時半頃上野について,でも阿修羅が相変わらず並んでるのでその流れがあるかな~と18時までのカルティエを後回しに。
 恐竜展は日本初上陸の南半球ってことで,逆に知名度が低いのか空いてました。まあ平日ですし。1フロアなので物足りないよーな気もしますが,人も少ないのでゆっくり2巡してこういうのもいいかな。↑は左がメインのマプサウルス@白亜紀。右は三畳紀の未命名の新種。って順番が違うけど。こういう細っこい獣脚類を見るとピッポちゃんぽーいと思ってしまうのです。外に出てる大型やガラスケースに入った小型など復元骨格が多いのがうれしいですねっ。
 今回は南半球の恐竜ということで,パンゲアから南北への分裂そして,という大陸大移動がテーマのひとつになってますが,その後の鳥類への進化とかようやく滅亡した巨大生物というロマンティックなイメージから地球/生物史の一部として受け入れられて来たような気がします,わたしが。

 グッズコーナーの前に本物の骨に触れるコーナーがあって,これも並ばないのでもれなく触る触る。グッズは,まーTシャツとかタオルハンカチとかこれ以上増えても困るので図録のみ買う。→は「恐竜の爪」だそーです。カレー味とさっぱり梅味,の他にいっぱいバリエーションがあるんですが,ええ柿のタネですが。

 企画展のチケットで常設展も見れるので,いつも地球館B1のティラノのスタン君たちに会いに行きます。その前に恐竜展の出口に館内の他のおススメがあって,日本館にフタバスズキリュウのレプリカがあるというので初めて日本館に入りました~。今日はこのあとカルティエがあるので他のフロアは見てないんですが,今度こそ『ナイとミュージアム2』の前か後に常設展示をゆっくり見よう! あと幕張でも恐竜博2009あるんで,こちらはやっぱりデカイジオラマを楽しみに行こうっと。


 

 しかし何よりこの日本館の建物がとても素敵なのですよ! この美しいドーム天井とかステンドグラスとか,展示スペースもただピカピカきれいになっちゃったのかと思ってた。企画展はもうずっと新館の地下でやってるけど,小さい頃行った恐竜展とか宇宙博とかこっちでやってたのかなー。右のライトはなんとなく見たような気がするんですけど。
 常設のミュージュアムショップにも寄って,情報誌Milsilの恐竜学特集と前に壊しちゃった恐竜デュアルペンを買い直す。

 もうすっかりおなかいっぱいなんですが,カルティエの方へ移動。相変わらず阿修羅君は入場制限してますが,こちらはすぐに入れるけど中は平日とは思えないくらい混んでます。阿修羅君と合わせて見る人が多いのではと思ってたんですが,そう被ってるようでもないです。
 始めの方のミルグレインのダイヤモンドのキラキラキラは張り付いてる人がびっしりでとても見れない。うーんやっぱりこちらの閉館時間(18時)に合わせてもう少し遅い時間にすればよかったかしら。例によってだんだん人混みの間隔が開いてくるのでミステリークロックとか大きなサファイヤの氷の豹のブローチなんかはじっくり見れました。「Story of ... カルティエ クリエイション~めぐりあう美の記憶」と題し,これだけのたくさんのコレクションを展示して,アクセサリーの作成映像とか楽しめましたが,あんまりこの素敵な表慶館を使った意味はないかも~。キラキラしたものは館内を暗くした方がいいのはわかるけど,最後の白い部屋はよくわからない。監修デザイナーさんの? 図録は\3200で,\2000台なら買おうかな~と思ってたんだけど,展示物メインでもなかったので。
 いや本当に数だけみてもすごい充実した展示だと思うので,やっぱり2本立てだと集中力が足りないなーというもったいなさだったわけです。

ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2009

♪(更に今更になってしまいますがー)今年のテーマはバッハ(バッハとヨーロッパ)だったので,ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンに初めて行ってきました。最終日の5/5だけですけどー。チケット取ったのは322のリチェルカール・コンソートと323バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ),どちらもB7です。もっと小さいところの無伴奏とかチェンバロとか聴きたかったんですが,チケット全然無理。フォーラムAで受難曲とかあり得なーいと思ってしまうし。まあホールBだってコンサートするとこじゃないけど…。
 で,当日は11:15開演からなんで,ちょっとガラス棟の中とか写真撮って,屋台は何があるのかな~とか見て廻ってからホールに入る。

■322“バッハと先輩・後輩”リチェルカール・コンソート,ヴィオラ・ダ・ガンバ/指揮:フィリップ・ピエルロ
ラインケン:トリオ・ソナタ集「音楽の園」よりパルティータ第1番 イ短調
ブクステフーデ:2つのヴァイオリン,ヴィオラ・ダ・ガンバ,通奏低音のためのソナタ ハ長調
J.S.バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ
ゴルトベルク:ソナタ ハ長調
 5列目下手。ブクステフーデが《われらがイエスの御遺体》をBCJで聴いてことがあるだけで全然予備知識なしなんだけど,それぞれ面白い作品で,初めて聴いたリチェルカール・コンソートも素晴らしかったので,45分の演奏ではもったいなくてもっとちゃんといろいろ聴いてみたいですねー。とにかくバッハ以外の小編成をという目標ではありました。

 終わって12時過ぎで次のが13時だから食べてる時間あるかな~と思ったけど,屋台はそれほど並んでないんで昼間っからビールとか飲んでるし。向こうにスクリーンが見えます。この時間はまだ雨も降ってなくて明るくて緑が綺麗。

■323 バッハ・コレギウム・ジャパン
指揮:鈴木雅明,ソプラノ:ドロテー・ミルズ,カウンター・テナー:青木洋也,テノール:ユリウス・プファイファー,バス:ステファン・マウラウド
J.S.バッハ:カンタータ:「イエスよ,わが魂を」,「喜べ,贖われし群れよ」
 久々のステファン・マウラウドさんを聴きたい!ということで。受難曲とかは大きいホールだし,夜まで時間が空いちゃうしーと。こちらは1列目の上手とバスにはベストポジショ~ン。どちらも先行で取りました。席はチケット届くまでわかんない。古楽は前めでいいんだけど,特にこのもともとホールじゃない会場は床は絨毯だし天井は低いしなのでなるべく直接音が聴こえる方がマシなんじゃないかと思われます。やっぱりマウラウドさんの声は素敵~。アーティスト紹介に「みずみずしい」ってあって,そうそう低い声なのに若々しくて美しい声なの。これまたそーいえば久々のBCJもよかったので,またちゃんとコンサートホールに聴きに行こうっと。どーしても短いのでまた次の機会をと期待してしまいますが,関連コンサートチラシとか見てないんで,そういう今後の拡がりは考えてないのかしら~。
 当日はこのあと多少時間空いても後の公演を取っといた方がよかったかな~という気もするし,そういうふうにいくつもこなすのもどーなのかしらとも思えるし。お祭りだからですませるのはちょっともったいないなあと思うのです。まあ昨日ショスタコだったんでちょっと許容量既にいっぱいだったんですけど。あとアーティストのテンションがもたないみたいなのを小耳に挟んでしまったので(いやおしごと関連じゃなくてたまたまエレベータに同乗してしまったんでー),これだけのコンサートをやるのに同じ奏者で廻すのはそりゃ酷だなあと思いましたです。どんな曲もそうですけど宗教曲は特に。
 で,このあとは別のを聴いてるお友達と待ち合わせるんで,会場内をふらふらと。バッハならコーヒーだよねっとチケット半券の必要なリューベック広場のバッハコーヒーハウスは実は帝国ホテルの喫茶だった。こちらのグッズショップは空いてるのにレジだけ何故か行列。

■バッハの素顔展
 ここで時間つぶせるだろうと思ってたバッハの素顔展。てかこの美術館ってそもそも仮設? W杯のクレームセンターのだったとこぽいよっ。
 うーん,展示品は\1,000(チケット割引で\800)はちょっと…。むしろチェンバロとクラヴィコードの聴き比べが面白かった。たまたまもう少しで始まるところだったのでなんとなく待ってました(再入場は可)。時間がなかったんで途中までしか聴けなかったし,すぐ出るように近くにはいられなかったんで全然演奏してるのは見えなかったんだけど,クラヴィコードの聴こえないかもしれませ~んと何度も言われたかすかな音色が印象的です。インヴェンションとゴルトベルクから数曲。

 そんなところなんで,充実してたよーな足りないよーな。まあこれ以上は集中力なくて無理だったような気がします。あとでそーいえば出てるかわかんないけどCDを買えばよかったなーとか考えたのでした。おみやげものに食指を動かさなかった分,物欲が刺激されなかったのがよくなかったのかー。まあショスタコで疲れてたんだよ,きっと。←しつこい。

新国立劇場《ムツェンスク群のマクベス夫人》

♪なんとなくだらだらしてるのでもう連休終わった週末になってしまいました。でも明日はしごとだし。
 5/4はショスタコーヴィチ《ムツェンスク群のマクベス夫人》@新国立劇場でした。キーロフの来日公演は1996年だったので,おお13年振りです。あのときかなーりのめり込んでたのでCD聴き直しとかはしてないんですが,幕が上がるとそうそういきなりカテリーナから…と思い出します。
 今回の演出(リチャード・ジョーンズ)はロイヤルオペラのプロダクションでしたが,舞台は常にハコの中に入っていてほぼ二分されています。カテリーナと使用人達との対比,新調した寝室や披露宴と夫の死体のある倉庫との対比…,などとともに狭い中に使用人,警官,囚人達の詰め込まれた(詰め込み方がハンパじゃないんで)切迫感とか身動き取れない中の変わらない境遇へのあきらめが伝わって,それがまた比較的広い空間に置かれることの多いカテリーナの孤独そして“ここではないどこかへ”“本当のわたし”を求めてあがいたゆえの彼女の悲劇があるように見えます。そんなカテリーナを演じたステファニー・フリーデが素晴らしかったのですが,このオペラ特にこの改訂版ではなくて《ムツェンスク群のマクベス夫人》の方はとにかくオケの鳴らしっぷり歌わせっぷりがとんでもなく交響曲聴いてるみたいに雄弁で,今回は更に合唱と合わせて諧謔的・自虐的な印象が強かったです。悲劇を描くには喜劇的な方がより効果的なのかもしれません。で,キーロフのときは終幕の「我々はまだ歩き続けなければならないのか」がとても大きく響いたんですが,今回はセットの閉塞感も相まってか普遍的な生きることへの哀しみというよりも個々の絶望感が感じられたような気がします。