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ars combinatoriaな日々

11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち&トークショー@下高井戸シネマ

♪10/21に下高井戸シネマ『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』とトークショー。6月に新宿で観た感想はこちら
 日曜日だから迷ってたけど,沿線なので駄目もとで整理券配布1時間前に行って75番ゲット。12:50の配布で上映は16:10から。もちろん満席で,補助席のあとは前と通路に座布団敷いて最後に立ち見。

 トークショーは井浦新さんと故・若松監督の予定が満島真之介さん(森田必勝)に加え,大西信満さん(楯の会・倉持清)の3人で,上映のあと開催。レポは詳しい方がいるだろうとメモも取ってないんですが,井浦さんが最後にSNSとかでどんどん宣伝してくださいっていうので,覚えてる範囲です。間違いあったらすみません〜。

 井浦さんが司会で「若松監督はしみったれたことが嫌いなのでいつも通りの舞台挨拶を」と,3人の挨拶のあとすぐ質疑応答に。さすがに井浦さんの最初の挨拶というか監督がいらっしゃらないことをあやまってらした声が震えていてちょっと心配だったけど,客席の熱気とともに皆さん真剣に応えてくださいました。

 若松監督と他の監督と違うところ:(井浦さん)映画に対して純真な人。(満島さん)初演技ということもあって映画監督というより男としてかっこいい。撮影中のことはよく覚えていない。

 映画と事実の違うところ?:(井浦さん)寄せた,似たもの映画ではなく,三島由紀夫を通して若者達の心を描いている。『連合赤軍』など他の映画も同じ。ひとつだけ事実にこだわったのは市ヶ谷に車で向かう道は実際の道のり(パンフにあった?)。むしろ当時にないコンビニが映っていてもそこで撮らなければと。

 監督の印象的な言葉をひとつ:(井浦さん)「脚本は週刊誌だ」脚本に書いてあることはウソだと思え。脚本の通りにやるなんてつまらない。特にト書き。詰めたあとは表情など演技は役者に委ねてくれる。書かれてなくても怒りを感じたら怒っていい。(舞台みたいですね)
 (満島さん)「心で生きろ」皆,顔貌を見てるんじゃない,お前の心を見ているのだと。(大西さん)「ご飯を残すな」いま大人に向かって(小さい頃に祖母に言われたような)こういうことを言ってくれる人がいるだろうか。

 他に撮影現場の空気感が伝わって一番面白かったのは,大西さんが「満島くんの森田が(井浦さんの三島を)本当に切ってしまうんじゃないか,と後ろで止められるよう待機してた」って。パンフにも介錯のタイミングが早いと怒られたけど「大好きな先生を早く楽にしてあげたい」と入りきってたんですね。
 三島さんにはもっと生きてもっともっと小説を書いて欲しかったけど,自分の中でもう書くものはないと覚悟を決めたんだろうなあ。

 サイン会があるというので、持ってるけどまたパンフレット(公式ブック)買っちゃいました。井浦さんは顔ちっちゃくてキレイでした〜。握手したりお話してる方もいましたが,なんだか畏れ多くて小さい声で「ありがとうございました」としか言えませんでした。でもしっかりこちらの目を見てくれました。きゃー。月曜は確実に仕事忙しいんで迷ったけど行って良かった!

 実は中止になっちゃうかな?と心配で毎日映画館のサイト見に行ってました。人前に出てるほうが気を張っていていいのかしらとかいろいろ考えてしまいますが…。むしろ3人の今このときこうして観客の前でしゃべれる機会で若松監督の作品,監督の想い,心を伝えたい!という気持ちが届きました。こんなに真摯に生きた方,また才能のある人達に影響を与えた方が突然この世を去ったことが残念でなりません。改めてご冥福をお祈りします。

11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち

『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』,観たのは6/28@テアトル新宿。面白い“映画”でした。ドキュメンタリーではなくあくまで映画ですね。時代の空気を丹念に拾い,何故文学ではなく自死という行動なのか。やっぱりわからない(共感できない)けど”わかる(感じられる)。
 大河清盛で崇徳院が素晴らしかった(まだ出番があるらしい)井浦新さんが三島を演じるというので観に行ったってのが大きいですが,三島には全く似てないのに年齢不詳で不思議な雰囲気。演説の場面が全然聞こえてないんじゃないかというその必死な,正に命を掛けての空気が伝わる。森田必勝役の満島君が美しいです!最後に残った若者達も。しかし何でサウナで作戦会議するんだろ〜,この人達は。でも制服の方がステキでしたよっ。

 三島は作品はせっせと読んでるけど思想はあんまり考えないようにしてたんですけど,うーむ「キリスト教と違って死は罪ではない」そっか(正確には「…死は文化だ。われわれ日本人は,キリスト教文化とは違い,命に罪を求めない。それは命の美しさを知っているからだ。だから,死にも美しさを求める」)。
 先に買ってネタばれ防止のために読んでなかった公式ブックがパンフ代わりでようやく読み終わりました。撮影日記や脚本再録の他に,三島と右翼左翼,政治,社会の年譜と解説が付いていたり読み応えありです。
 やっぱり振れ幅が大きすぎて理解は出来ないけど,論理的に考えればもうちょっと何とかなるんじゃと思っちゃうけど,理論ではなくてもっとウェットな心根に基づくものなのかな。そしてこの映画は思想を同じくして,ではなくそういう心根に部分で演じ,作られているんじゃないかしら。

 映画『憂国』で流れてたトリイゾがヘビロテになってます。ベジャールのMをもう一度観たくなりましたよ。

ミラノ,愛に生きる

映画『ミラノ,愛に生きる』,ル・シネマでの上映は2/10まで。1/27に観ました。
 渋谷でサービスデー以外のときは109のぴあで前売り券を買います。『運命の子』はプレスシートもらった。こちらは1/30に観ました(東京は2/3で終了)。ついでにポロックのは前の人が買ってたから,おおっ!と(いつも忘れて会期始まっちゃう)。

 前日がユーロ(フィギュアスケート・欧州選手権)の男子SPだったんで落ち込んでたけど,映画観てすっかり現実逃避してしまいました。うーん,映像と音楽が雄弁過ぎる。でも肝心なところではぐらかしたり唐突(というより杜撰…に見える)だったり,全て計算ずくに違いない。なんていやらしいんだ,だがそこがいいっ!
 そして素敵ティルダは逆オーランドーだった。いやイタリアの富豪に嫁いだロシア人女性をティルダ・スウィントンがというのに惹かれて行ったら,ティルダ演じるエンマは今度は非常に女性的で完璧な奥様から男性的(というか中性的)に変わり,自由になって行くのです。
 息子の友人で浮気するアントニオは,奥様と森番の構図の先入観があったけど,野性的でセクシュアルとかじゃなくて,もっとこう素朴過ぎる。純朴というか朴訥。エンマが最初に惹かれたのはまず彼の作る料理。アントニオの料理を味わうエンマは官能が解き放たれ,その後の一糸まとわぬ情事よりもよほどエロティック。そしてそういう風に見せてるのでは。

 アントニオより息子のエドアルド(エド)の方が好みだけど,この母子の閉塞感をアントニオが結果的に壊す。家族や使用人との関係も不思議な結びつきで,同性愛者のエリザベッタが髪を切ったようにエンマも短髪になってる。家政婦(というか女中頭?)のイダはエドを愛してエンマに冷たい?と思いきやエンマをある意味愛してる。それはエドとアントニオの間も単純にライバルで後に共同経営者ってだけでなく微妙に愛情と嫉妬を伴っている空気。

 説明的なようでいてぱしっと突き放すようで映像,それは音楽も同じ。ジョン・アダムズだけど,映画のためのサントラではなく既存の曲を使用したとのこと。だからこそ統一したテーマはなく,シーンで唐突に鳴り出す。むしろメタモルフォーゼする,しかしゆるやかに変化ではない,人物・ストーリーに合っている。特にラストシーンは映像より前に音楽が出てるようだった。

 

 そんなわけでなかなかよく出来た映画でしたっ。先に観てたママの反応がびみょんだったので,ハードル下げてたのは確か。ミラノの街(サンレモ、ロンドン)は云うとおりたくさん映ってた。閉塞感のある人間関係なのにロケが多い。これも計算か~。
 ミラノの今も残る印象はラクガキだらけと「30秒後に列車が来ますよ!」という忙しない電光掲示の出る地下鉄だけど、ラグジュアリーな奥様(重たい雑誌評)なのでそれはない。それともミラノはきれいになったの?楽しかったドゥオモの屋根の上に登ってたのは懐かしい。当時は外壁工事中だったけど。

 知ってる単語しかわからないけど,簡単な単語ほど字幕でどう意訳するかが面白かった。あうぐーり(イタリア語でおめでとう)は「お幸せに」,すぱしーば(ロシア語でありがとう)は「裏切りだ」。特に後者は皮肉だったり,周囲にわかる人がいてもごまかせるというニュアンスがなくなっちゃうんですけどね。

真珠の耳飾りの少女

♪今日は渋谷で仕事だったので,ル・シネマで『運命の子』(映画サイトは自動的にトレーラーを流さないといけないことになってるのっ?)を観て帰るつもりだったのに,19時の回は『真珠の耳飾りの少女』になってました~。実はこの映画観てないのでこっちでいいかーと。なので,きっとたくさんの人が観てるであろう映画を今更ですが。

 ドキドキしつついいお話にまとまってました。なんとなくもっと後味の悪いストーリーだと勝手に思い込んでたのです。いや救いようのない結末だったら,フェルメール展がある度に美術館のホールで上映されたりしないものね(原作の結末と違うらしいのでそのへんはどーでしょう)。

 スカーレット・ヨハンソン演じる絵のモデルとされるグリートは,上気する白い肌,ぼってりした唇がモデルになる前からわーあの絵の少女だ!と想像させます。でも絵は目がもっと大きくってやや浅黒くも見えてエキゾチックな印象があるんですけど。エキゾチックなってのは『ギャラリー・フェイク』でサラちゃんのイメージが残ってるのかなあ。青いターバンも異国風だし。

s  これまた先入観でグリートがフェルメールを愛してる話かと思ってたけど,そのへんははっきりさせてなくて,でも「ピーターが好きだから迷惑っ」ってわけでもない。フェルメールもまたグリートに惹かれているのは確かだけど,それが美術的才能のみならずモデルとして女性として…と多重的で,そして妻のこともちゃんと愛してる,ずるいけどそれがまたリアルなのでしょう。

 実在の人物をモデルにした映画って,伝記的であってもフィクションが交えてあってあんまり好きじゃないんです。だって,面白~いと思って調べると結構実際と違って(謎な部分も多いけど),本当の話の方が面白いじゃないかということが多いので。でもこの映画の場合は,フェルメール自身というよりもフェルメールの一作品から想を得て,絵画の背景を想像してみますたっ!というフィクションだもの。もしかしたらこんなことがあったのかも?という気分になるだけなら楽しい。
 何より映像がフェルメールの絵をオーバーラップさせる光,影,空気感,そして憧れの運河の街で。あの女中さんは『牛乳を注ぐ女』のモデルになったんだろうなあとかフェルメールファンへのサービスがてんこ盛りでした。

 せっかくならフェルメール展を一緒に観たかったんですが,残念ながら映画の前にを見る時間はなかったのです。3/14までやってるし,ぶら美を見てから行こうと思ってて…。あとフェルメール光の王国展っていう全作品を(複製で)並べて見るってのも面白そうですが,少しづつでも本物を見たい!っていうのもあるし,全部を一度に見るなんて絶対あり得ないから…,うーんびみょーな気持ち。
 そして本物の少女の絵の方は,都美術館のリニューアル後のマウリッツハイス美術館展で来るんですね! 前に来たときは確か名古屋だけだったので,今回初めて会えるかしら~! 超混雑必至ですけど。

♪で,結局『運命の子』はいつ観よう。2/3までの上映なのは知ってたんだけど,昼間だけになってしまったので仕事帰りは無理。せっかく中国の気分になってたのに-。いや先日の北京故宮博物院200選で,性懲りもなく中国の歴史本(中公新書)をまた買ったのに全然頭に入んなくてこれで加速させようと期待してたのです。どこかでなんとか観に行きたい。

マイティー・ソーとトランスフォーマー/ダークサイド・ムーン

『マイティー・ソー』,北欧神話ネタということで,観てみましたが,えーとこれはアメコミの映画化なのですね!
 ソーって,トールです。オーディン(またはオージン)の息子でロキと兄弟で次の主神の継承を争うってのがものすごく無理があるんですけど。トールは気は優しくて力持ちで脳ミソ筋肉タイプです。そこが憎めないんだけど,オーディンの息子であってもそのへん変わらない。オーディンの息子は別にちゃんといて,もっとおばかさんです。わたし初めて読んだときバルズル(またはバルドル)の死が間抜けすぎて,びっくりしましたよ。
 リング(ニーベルングの指環)のジークフリートはそんな美しいけどおバカなバルズルとやっぱりおバカで怪力なトール両方ですね。そしてオーディンの息子ではなく,ヴォータンと人間の間に出来た双子の息子という両面性を持たせてる。でもバカだけどー。
 リングはおいといて,オーディンは闘う神であると共に知恵を持っていてて,その知恵ももともと兼ね備えたものではなくて,片目を犠牲にしてます。そのへん映画も彼の知恵を強調することなく,隻眼も闘いの顛末にされてました。
 まーそんなことよりもロキがジョニー・ウィアーにしか見えない時点でどーなのかと思われますが。えーどうみても兄弟だなんて思えないよねと不思議だったけど,これはコミックのイメージそのまま持って来ただけなのかしら。

 金ピカのアスガルドとかちゃんとヘイムダルが守るビフロストの橋など,これもアメコミイメージなのかなと思いつつもこうやって視覚化されるのはなかなか面白い。特にアスガルドが一番高価そうなのに浅薄なのが,北欧神話のちょっと間抜けな神々に合ってるというか。リングの舞台セットはすっかり神話イメージからはずれてるし,そもそも設定がいろいろ違うので。
 ただ北欧神話の一番面白いのは,神話がだいたい人間以前のこの世界の創生の物語なのに,誕生から滅亡までを語っているという間抜けな神々ながらもののあはれを感じるという不思議な世界なのです。

 アメコミ原作を全く知らないので,神話方面からのアプローチにしかならないんですが,ミッドガルド(人間界)に降りての話はありきたりで,特にヒロインジェーンはナタリー・ポートマンありきだったのかなー。彼女は確かにカワイイけど,その童顔さがもう一人学生のメガネっ娘ダーシーと被ってしまったみたい。原作ではソーはちょっとスーパーマン的にもう少し人間と関わりがあってその辺りが物語に奥行きを作ってたみたいなのですけど,そのへんが初見にも浅く感じてしまうのかしら。

 3Dは後付らしいので,本来の効果としてはどうなのかわかんないんですが,やっぱりいらないなーと思うのです。トランスフォーマーは3Dで絶対観たい!いやそれより単純に新作を早く観たいと思ってしまいました。

 でもって,『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』。やっぱりトランスフォーマーはいいなあ。リベンジよりこっちの方が好きです。ダークサイドムーンって,月の裏側。アポロ11号の月面着陸の映像を差し込んで,大胆なことをするなーアメリカ。
この設定はワクワクしちゃうんだけど,絶対裏があるってわかるディランを一見いいひとそうなパトッリック・デンプシーを使ったり,ミカエラと真反対な金髪美人だけど中味は賢い新しい彼女,のはずなのにどーしても賢そうに見えないカーリーとか(だってミカエラちゃんが好きだったんだもん),そもそもあの両親を使ったギャグが毎度下品すぎるとか,もー人間サイドはロボット達の引き立て役なのかーとしか思えない。

 オプティマスプライムは最初からむちゃくちゃカッコいいけど,『リベンジ』の老ジェットファイアとか今回のセンチネルプライムとか,物語があってドラマを演じるのは人間じゃなくて彼らなんですよ。ディセプティコン側もメガトロン様がおちゃらけてしまうのをなんとか抑えてもう少しダークになってきてます。
 あ,アメリカ軍はちゃんとカッコよく描かれてるんですよねー。わたし『リベンジ』のとき,なかなか好きなテーマ曲が流れないなあと待ってたら,軍のテーマだったという。オートボット達もバンブルビーを含めて軍所属にしてしまってるので,日本のアニメや特撮と違ってにサムの主人公としての立ち位置にどんどん無理が出てきちゃってるみたい。
 ただパラシュート部隊はしつこい。そして彼らのアクションはすごいと思うけど,一体あの作戦はどーいうことで,最終的に役に立っていたのだろーか。前作より断然面白かったのに,最後の戦闘シーンが長すぎると感じてしまうのはもったいないなあ。でもまだまだ続きそうですよね♪
 3Dは初めて意義を感じました。もちろんトランスフォーマーたちの存在感,迫力に。だから人間たちには無理に使わなくていいと思いますの。てゆーか人間パートはもっと大胆に削っていいです。

赤い靴

映画『赤い靴』のデジタルリマスター版,都内は渋谷のユーロスペースで8/5(金)まで。
 デジタルリマスター版ですっごく鮮やかに蘇りました! …って,それまでの映像を見てないんですけど。ただあの目の奥の残像のように忘れられない真っ赤なトゥシューズの鮮烈さだけも長い年月をかけたプロジェクトの意義を感じるくらないのです。
 『赤い靴』の原作(アンデルセンの原本と翻案された絵本),劇中バレエ『赤い靴』,そして映画『赤い靴』とどれも悲劇でありながらも不思議な魅力が色褪せません。以下,語り口が違うのは先に書いてたんで~。

 映画『赤い靴』の三人の主要人物は周知の通りニジンスキーを中心としたバレエ・リュスの人間関係を下敷きにしている。すなわちニジンスキー,ディアギレフ,ロモラ(ニジンスキーの妻)。しかしその人間像と関係性は微妙にずれがあり,そのずれがまた違う悲劇を作り出しているのだ。
 レルモントフは興行師たるディアギレフに比べ芸術至上主義者であり,ディアギレフは彼がニジンスキーを愛していた故に解雇に繋がるが,レルモントフはヴィッキーもヴィッキーの前のプリマにも芸術と女性として人間としての人生の喜びは両立しないと冷酷である。

 足を切り落としたカーレンと違い,ヴィッキーは踊らなければ生きてはいけない。しかしちひろの描く愛らしいカーレンの一番輝いていたのは神に召される神々しいラストシーンではなく,赤い靴を履いて踊る姿である。
 指摘されるようにちひろが絵本を離れても何度も描いたのは赤い靴を履いて踊るカーレンで,今回の童話展で展示室に入ってまず目に入るのはカレンダー用に描かれた,赤い靴を履いて踊るカーレンと楽しそうに周りを踊る赤い靴たちである。赤い靴なんか履かなければいいのに,踊ってばかりにいないで真面目に奥様を看病すればいずれ莫大な遺産が手に入るのに…そんな常識的な判断はできないのがカーレンであるが,アンデルセンの『赤い靴』はしかし彼女から赤い靴と足を離し,最後に魂の平穏を与える。

 ニジンスキー自身は天才ダンサーであると共に偉大なる振付師でもある。表現者であり創作者であり,また男性として結婚を選んだ以上,表現の場を求めることもロモラを養うことも全て自分自身に課してしまい,本来の彼の現実離れした才能と生活力のなさ,そして高い自負心など,全てが彼の精神を追い詰めてしまう。そして彼自身のコントロールできないところで狂気に至ってしまうが,ヴィッキーは自身で発作的に死を選ぶ。ヴィッキーもまたダンサーであることと愛される女性である人生どちらも捨てることができなかったのだ。

 ジュリアンはお嬢さん芸のロモラと違い作曲家で,面白いことにヴィッキーは“一見お嬢さん芸”の属性なのだ。作曲家というのがまた絶妙で,創作の中でも音楽は(自演でもよいが彼が作曲するのはあくまでもオーケストラ音楽)表現者を介さなければ現出されない芸術である(芸術じゃなくてもいいけど)。ジュリアンは初演指揮の座を投げ打って,ヴィッキーの元に駆けつけるが,それは=キャリアを捨てて愛を取ったわけではない。

 映画『赤い靴』が今なお色あせない魅力は,そうした表現者を巡る人間関係とそれぞれの内面の葛藤が時代を超えてわたしたちに突きつけられることにあるのではないだろうか。そして,何よりも劇中の『赤い靴』がとても面白い。原作の『赤い靴』は多分にキリスト教の教えが色濃く,しかし途中で現れる天使は非情で残酷だ。舞台『赤い靴』はレオニード・マシーンが自身で振り付け演じるキャラクター・ダンサーの悪魔的な靴屋が全てを握っていると共に彼が最初から意味ありげに見せる赤い靴自身がまるで意思を持っているかのようにカーレンを踊らせる。
 この舞台では亡くなる直前のカーレンの足から赤い靴を脱がすことができ,その赤い靴はきっとまた次のカーレンが来るのを靴屋の店先でじっと待つのだろう。その靴の赤さはありていにいえば数々の血を吸った真っ赤な靴…といえるのであろうが,バレエの持つ良い意味での非現実感が生臭さよりもレルモントフが憧れた芸術性の象徴にも見せるのかもしれない。

 ニジンスキーについては,鈴木晶先生の『ニジンスキー 神の道化』『ニジンスキーの手記』をどーぞ! Amazonはどちらも中古のみですが,手記は 新書館にまだあります。さすがに読み返してはいませんが(特に手記はしんどい),念のため検索してたら松岡正剛さんの書評というより評論がありました。あと山岸凉子さんの『牧神の午後』も~。『ブラック・スワン』が同時収録ですしっ。

ブラック・スワン(ネタバレ折込有)

『ブラック・スワン』,ネタバレするのがやだったのとレディースデーだたので,初日に観ちゃってました。
 例によって大変長いので,まとめるとバレエ的突っ込みどころ満載ですが映画としては面白かったけど,怖くて痛いから1回でいいです。以上っ。

 じゃなくてっ。ええと,ずっと緊張して観てたのですっごい疲れました。こんな映画を週中に観るもんじゃないー。わたし怖いのと痛いのダメなんです。 最近前方で観るのが好きなんですが,予め遠めの席にしてたのにー。 一番大きいスクリーンで95%くらい女性でしたが,終映21時過ぎなのに,明るくなっても席を立てない女のコがいっぱいでしたよ。いやたぶん怖い映画観たい層じゃなくてバレエだしアカデミー賞だしナタリー・ポートマンだし,こんな映画観るつもりじゃなかったのにーえーんというカンジ。そもそもこのアロノフスキー監督は(観てないけど観れない,音楽だけやたら聴いてる)『レクイエム・フォー・ドリーム』の監督だったんですねっ。ぎゃー。

 突っ込みどころは多いんですが,面白かったですよ(でも痛いのヤだからもう観ないけど)。『白鳥湖(白鳥の湖)』の原曲をたくさん使っていて,最初に前奏曲がかかってロットバルトらしきダンサーにニナ扮するオデットが襲われて白鳥のクラシックチュチュになる。というのを見ると,お,プロローグ付きでオデットの変身を見せるバージョンねっとつい考えてしまうけど。舞台やお稽古以外にもチャイコ原曲がたくさん流れてます。サントラ買おうか迷って買ってないですけど,原曲以外にアレンジしたのをたくさん使っていて,それが結構面白い。アレンジ部分はそのまま使うより効果的に使われてます。リハ場面ではコレペティピアノ+ヴァイオリンソロとか普通じゃ聴けないのも面白い。

 ナタリー・ポートマンは結構踊ってるって触れ込みでしたが,いやー吹替えですよねえ。すごく痩せたっていうけど,バレエダンサーの痩せ方ってやっぱり違うんだなあとわかっちゃいます。ダンサーは単に肉が落ちてじゃなくてアップだとものすごく筋肉が付いた緊張した肉体なんですもの。振付家ルロワのヴァンサン・カッセルはいかにもフランス人の元ダンサー上がりの振付家ぽい。ちょっとルグリみたいに正統派王子より個性的なカンジ(わたしはルグリファンですよっ。女好きじゃないし)。
 冒頭ポアントを馴染ませるため作業を始めの方にアップにしてたのはバレエダンサーの華やかな表から見えない裏を見せているとともに,長じてニナの自傷癖がオーバーラップするとか,いろいろ計算されているんだなーとは思います。プリマ抜擢のパーティも1幕のジークフリートの誕生日や3幕の舞踏会がオーバーラップする。

 バレエ的な突っ込みどころでいうと,そもそもオディールってそんなに性格とか目的ははっきり描かれていないものです。父ロットバルトの道具みたいにジークフリートの前に現れるだけ。オディールが誘惑したというよりもオデットと間違えたとか王子バカだから展開で適当にすまされます。その後結果的に捨てられてしまうオディールはどうなの?というのは全くフォローされない。そもそも基本二役なので一緒には舞台に並びません。違うダンサーが踊ったマーフィー版オン・アイスがそのあとのオディールのことを考えてるくらい。

 だから二役のオディールこそテクニック的な面がクリアできれば決して難しくはなく,むしろオデットの方が叙情的な2幕の湖畔の出会いのシーンもだけど,裏切られたあとの4幕でどうやってジークフリートと結ばれるのかというのが難しいはずです。4幕の赦しはジゼルにもいえますけど,ジゼルはだまされてたんで余計~。
 そんなけわけで,ルロワが「この演出は“オデット/オディールの両方を演じなければならず(それが普通ですが何か?)”,官能的な世界なのだっ」といってるのにオーディション場面以外,レッスンシーンがオデットの曲ばかりという,オデットはパーフェクトなんじゃない~?オディールを特訓しなくいいの?とか,その誘惑的なオディールをジークフリートがどう受けるのか解釈させたり振り付けなくていいの~?と思ってしまうのです。いやわたしはあくまでも舞台を観てるだけなので,実際の新演出に向けてのレッスンがどんなものかわわかんないですけど。

 だからニナが追い詰められていくのがオディールの役作りに悩んでよりもこれまでの人間関係やニナ自身の問題ばかりが強調されて,もーひとつバレエであることという魅力や舞台芸術の奥深さみたいのが伝わらないんじゃないかしら。
 あとリリーの背中に黒い羽のタトゥーがあるのはあれはニナにだけ見えてるだけで,クラシックダンサーとしてありえないですよねえ。あとあとママがまた四羽の白鳥でいいわ,もしかしたら大きい白鳥がもらえるかもって,これは両方が無理だよね。ナタリーの背なら小さい方しか。

 以下ネタバレ
【“ブラック・スワン(ネタバレ折込有)”の続きを読む】

Cup of China@北京へ行ってきます。

♪明日朝羽田から飛んで,5日(金)ショート,6日(土)フリー,7日(日)エキシビションで,8日(月)に帰ってきます。
 中国杯行くのはジュベールのエントリーが決め手だけど,美姫ちゃんとパン・トンペアがいるのがすごくうれしいー。って去年のNHKと同じだっ。他にはもちろん鈴木明子ちゃんもいるしー。
最近の美姫ちゃん,ぎゃーか~わ~いーいー。

 予習?しようと『ラストエンペラー』のDVDを買う~。ディレクターズカット版なので3時間39分もあります。観たの公開以来のような気がするけど,この映画今更さらながら面白いっ。そして坂本龍一が改めてヘタクソなのにびっくりした。ビジュアルは完璧なのになあ。でもでもやっぱりベルトルッチはいいなあ。ストーリーとか演出とか人物描写…とかもちろんなんだけど,なんといっても画面が美しい。もお一場面一場面静止しておきたいくらい構図が決まってる。あ,ベルトルッチは(全部観たわけじゃないけど),『暗殺の森』が一番好きー。サントラも買ってヘビロテしてます。が,あっとゆーまにマーラー3番になってしまった。

 DVDも観つつ,HDDも空けないといけないのでもーふらふらです。今も焼いてます。だからシーズンに入る前に整理しておけばいいのにっ。今週のCL,レアルマドリー戦ピッポがドッピエッタ!だったんですけど(でも分けた),スカパーとミランチャンネルの録画は再放送まで待ちます…。もう入らない~。

ようこそ,アムステルダム国立美術館へ

『ようこそ,アムステルダム国立美術館へ』ユーロスペースで観ました(10/8まで上映らしい)。何だか映画観るの久しぶり~。これは面白い! おすすめです。事実としてドキュメンタリーなんだけど,映画としてエンタテイメントになってるの。
 もちろん貴重な映像,美術館の裏側も盛りだくさんで,修復の場面では画布のニスを取るところで,表側はもちろんこれを裏側からも撮っているのがすごい。膨大な絵のある保管庫で,改装後どれを展示するかで引き出した大きな絵を見せて,展示の意義を説明しつつでも合理的な理由により却下でまた絵は戻されるという場面。それから日本向けを狙ってるわけじゃないと思うけど(でも日本人観光客が多いってセリフはあって),アジア館のために仏像を探しに日本に来るシーンが結構な尺を取ってあります。日本の駅の構内にひとり立つと単純にやっぱりオランダ人デカっというのがわかります。
 このアジア館担当始めキャラが立ってて,いや実在の人物なのでキャラってのもどうかと思いますけど,館長なんて如何にもゴリ押し強権ぽくて,俳優だったらちょっと類型的じゃない?とキャスティング見直されるんじゃってくらい。

 実はTXの「シネ通」でやってるのでたまたま知って,その後なんの情報も入れない行ったのが正解だったようです。そーいえば『牛乳を注ぐ女』も来日してたしと,おぼろげに改装のことは知ってたような気がしたんですが,完全に壊して建て直しではないからこんな大事になるなんて思ってなかったんでしょうね。
 現在の様子など知らなければ知らない状態で観に行った方が楽しいと思います。のでたたんどきます。 【“ようこそ,アムステルダム国立美術館へ”の続きを読む】

SEX AND THE CITY 2

♪もうロードショーの上映はほぼ終了してると思うんですけど,1作目より面白かったので書いとこうっと。『SEX AND THE CITY 2』は実は6/19のオランダ戦の日に観に行きました。吹替1回観ればいいや~と思ってたんだけど,吹替上映少な過ぎて,ようやく土曜日の新宿バルト9。20:30からの試合のパブリックビューイング(3Dも!)やってて,場内はSATCなのにどう考えても時間潰しな日本ユニ男子が数人並んで観てたりしてました。
 映画は全然期待してなかったけど,やたらシリアスな展開で頑張ってしまった1作目よりずっと楽しい。ドラマ版の完全番外編というドラマファンへのプレゼントというかおまけというか。4人中3人が結婚してしまったので“らしい”4人を描くにはむしろCITY(NY)を離れなければいけないのねー。前回残念ながらスミスと別れてしまったサマンサの本来の自由さが縦横無尽に効いてます。その上ちゃんと2人はいいパートナーでスミスがサマンサを尊敬し続けてるのがすごく気持ちいい上手い落としどころになってます。アブダビのホテルは絶対体験出来ない贅沢をこれでもかと見せつけるには本当に無理のない上手いシチュエーションです。豪華飛行機のモデルであろうエミレーツはW杯スポンサーで阿鼻叫喚の関空とか表彰式などでエキゾチックなCA(?)も目立ってましたよねー。
 まあ主役のキャリーは相変わらずめんどくさくて,でもそもそも突然現れた元恋人のエイダンは未だに人気のある男性キャラらしいんだけど,本編のときからどうして結婚しようと思ったほどいいのかわからないっ。そう思うとこれまでのキャリーの相手の中ではビッグってすごくレベルの高い男だなー。ビッグでいいじゃないねっ。まだまだ波乱がありそーだけど,2人のシーンでモノクロの古い映画と被さってくる「TRUE COLOURS」の曲がわかりやすいけど綺麗な演出ですね。
 シャーロットとミランダはもう家庭に重大な危機はないはずという安心感があるので,これ以上ストーリー的に拡がりはなさそうだけど,キャラが確立したのでどう動かしても面白い。シャーロットのちっちゃな娘達とお菓子作りなのにヴィンテージなのよ!と汚されたスーツは,そんなの着て料理するなのよと思いつつ,そういう絵に描いたように美しいお母様をやりたいのねー,シャーロット可愛いっと納得できたりします。
 そんなわけで,1作目のときは買わなかったけど,大型公式本買っちゃったー。当たり前だけどキャリーの衣装類だけやたら詳しい。あ,ドラマ版は持ってます。でもでもこないだ雑誌を片付けたら(って捨てられないので積み直すだけだけど),テレビ雑誌の別冊特集本とかVOUGEを買ってたのが出て来たんだけどっ。ドラマ版は借りたのを2回観たけど,ちょっとまた観たくなりました。